科学的な観点から、脳と空間との意外な関係を、脳の研究者である池谷裕二教授に語っていただく3回シリーズ。第1回は、住むエリアで幸福度がアップした話と年代によって変わる理想の住まいについて伺います。
住むエリアで幸福度がアップ
「幸福度」を高める理想の住まいづくり
昨年、家族4人で新居に引っ越しました。以前、住んでいたのは商業地域でしたが、今度は第一種低層住居専用地域で、安心して子育てができる緑豊かなところです。毎日犬の散歩をしながら、季節折々の花を眺めたり、子どもたちと一緒に木や草花の名前を覚えたり、気持ちいい暮らしを満喫しています。
住む場所が、実に重要だということを示した論文があるので、ご紹介しましょう。ニューヨークでは地域によって所得格差が大きいのですが、貧困層の多い地域に住んでいた人をくじ引きでランダムに選んで、高級住宅地に住まわせるというプロジェクトが行われました。そのあとに身体的健康、精神的健康、主観的な幸福度の変化を調べると、軒並み数値が上がっていたのです。ただひとつ、残念ながら経済的な自己満足度というのだけが引け目を感じてしまうのでしょうか、下がってしまう。しかし、それにもかかわらず、フィジカルにもメンタルにも幸福度が高まるのは、周りの人たちの暮らしに対する向き合い方や習慣に影響を受けて、自然と心身ともに健康的な暮らしになったといえるからでしょう。
隣人というのはたいへん重要な存在です。多少背伸びをしても住む場所を優先的に考えると、ほかでは代えられない何かが手に入ることがあるのです。
年代によって変わる理想の住まい
私自身は広い平屋に住むのが理想なのです。静岡県出身で、家の前にホタルが飛んでいたような家に生まれ育ったため、季節や自然を身近に感じられる暮らし、天井の高い開放感のある空間が安らぎます。一方、このごろ、人生のステージが変わるにつれて、広い家から狭い家に減築する人が多いという話を聞きますが、そういう考え方も一理あると感じています。
年配の方にはフラットな家がいいと思われていることも多いですが、車椅子を使っているなど身体的な条件がないのであれば、適度な段差があることも悪くはないのです。まだ足腰がしっかりしているうちから念のためにとすべてをバリアフリー仕様にすると、かえって衰えてしまうという話もあるのです。もちろんけがをしてはいけないので、その時々で安全性とのバランスは考えなくてはなりませんが、段差があるから気をつけよう、という日常的な心構えは非常に大切なんです。
そして、私たち人間には、ある程度はストレスが必要なのです。もちろん多すぎると心身に悪影響がありますが、そもそもストレスがゼロだと私たちはなかなか動かなくなるだろうし、成長もしません。わかりやすく言うと、締め切りがないと原稿は進まないし、夏休みの終わる直前にならないと宿題に取りかからない、ということですね。だからといって、ちょうどいいストレス量というのは難しく、仕事や子育てに忙しい時期は特にストレスもたまりがちになりますが、自分なりの対応の仕方を覚えたり、家が「逃げ込める場所」「安心できる場所」になったりしていれば、適応していけるものです。
年月の流れとともに暮らし方は変わっていくものなので、住まいも少しずつそれに合わせて変化させていけるといいですね。
<PROFILE>
池谷裕二教授
Yuji Ikegaya
1970年静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(ともに講談社ブルーバックス)、『受験脳の作り方』『脳はなにかと言い訳する』(ともに新潮文庫)など著書多数。
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