いま話題の「文喫」は昨年12月、夜の街、六本木の昼間の顔として愛された青山ブックセンター跡にオープンしました。開店から2ヶ月足らずですが、すでに多くのファンが訪れている、新しいコンセプトの本屋さんです。ここは、ひと言でいえば“本を選ぶための時間と場所を提供する空間”。書店であり、図書館であり、そしてカフェでもあるという特殊な業態。驚くことに1500円の入場料がかかりますが、おかわり自由のコーヒーと共に、一日中本の刺激と智に浸ることができる特別な場所なのです。
21世紀の陰翳礼賛 第二回「文喫 六本木」
入場料のある本屋さん
蔵書3万冊の中を巡る智の冒険!
「文喫」をオペレートするのは書店チェーンのリブロプラス。タスクフォースのチームがキュレーションを行い、約3万冊の本がセレクトされています。誰でも自由に出入りできる一般の書店とは異なり、同じ本が何冊も積み上がっているようなことはありません。本はすべて1点のみ。つまりここは、入念に選ばれた3万冊の本と対峙する、濃密な本選びの空間なのです。
雑誌の特集に合わせた選書が各扉の中に
レセプション前と雑誌スペース
本に没頭できる空間設計
六本木通り沿いの入り口から入ると、手前右側のスペースでイベント展示が行われています。右奥は受付や案内も兼ねたレセプション、左側は雑誌の展示スペースです。雑誌は置かれている棚が一枚一枚扉になっており、そこを開けると中にはその時々の雑誌の特集内容に合わせた関連書籍がセレクトされています。より深い知識や情報を得るための、独自の工夫ですね。この入り口スペースまでは入場無料。なので、ここで雑誌や本を選んだり買ったりするだけの利用もできます。
有料スペースは階段を登った二階部分に展開されています。
正面がある程度ジャンル分けされた選書室。平積みされた本棚の手前部分は一見、乱雑に積み重ねられたような展示ですが、実はすべてが文脈に沿った本のセレクトがされていて、そこはまさに自宅の書斎のような雰囲気。“混沌の中の整然”という風情はまさに、知の小宇宙と言えるかもしれません。さらに階段を登った左奥は縦に長いカウンター席の閲覧室。バンカーランプが並び、パソコン用の電源があるので仕事で利用している人も多いようです。その奥はグループ利用も可能な研究室があります。
知の小宇宙。ランダムに見えるが文脈に沿った展示がなされている
「文喫」の中には色々なギミックが。解体した壁をそのまま利用した一角
居心地のいい、おかわり自由のカフェ
選書室の右側は段差が一段あり、カフェスペースが展開。おかわり自由の煎茶やコーヒーも一杯づつ丁寧に淹れたものが提供され、別料金ですがハヤシライスやスイーツなどのフード類、ビールなどのアルコール類も用意されています。食事をしながらゆっくりと本を読んだりできる椅子やテーブルが並んだ喫茶室には個室のような空間、窓際の柔らかい光が差し込むテーブル席、靴を脱いで横になって本が読める小あがり席などがあり、どの場所も自由に利用できるのが魅力。建物内の照明は本を読むのに最適な明るさ。イメージカラーは淡いピンクとグレーと真鍮色。喫茶、本選び、没頭のスペースなどすべてに段差があって、あえて流行のシームレスにしていないところが、逆に新鮮です。
カフェと喫茶室は心地いい空間
原稿用紙をイメージした淡いピンクのブックカバーとショッピングバッグ
成熟した社会のエッセンスを体感
「文喫」の主役は本ですが、アウトドアと同じように五感に訴える場でもあります。本の手ざわり、紙の匂い、落ち着いた照明、かすかに流れるジャズ、そして舌を満足させるカフェのメニュー。本と出会うための場の用意が澱みなく出来上がっているのです。営業時間内であれば何時間滞在してもいい。本を選ぶ豊かな時間はお見合いのようでもあり、真剣勝負の場でもあります。同店の担当者からは「入場料があることで、本選びの目線や考え方が独自に育っているのでは?」という声も。そう、ここは訪れる人たちによって自然発生的に雰囲気が作られている、進化したパブリックスペースでもあるのです。成熟した社会だからこそ成立する新しい本の空間。多くの人々にとって、ここは間違いなくお気に入りの場所になることでしょう。
「文喫 六本木」
営業時間 9:00~23:00(L.O.22:30)/不定休/席数90席
入場料 1500円+税
公式サイト= bunkitsu.jp
〒106-0032 東京都港区六本木6-1-20 六本木電機ビル1F
<プロフィール>
土居輝彦/ドイテルヒコ
1982年より「monoマガジン」で雑誌編集者に。1984年より2004年まで同誌編集長。その後も同誌編集ディレクターとして「Loro」、「クロムハーツマガジン」などの刊行物を多数創刊。IDSデザインコンペ副審査委員長、クールジャパン推進会議出席などモノ文化全般の視点で活動中。主な著書に「機能する道具、傑作品」、「築35年古家再生」(共にグリーンアロー刊)など。
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