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THE・裏スポット探訪 Vol.2店主の人生を具現化したカフェ!怪しい喫茶「パブレスト百万ドル」は今も進化し続ける

一切の説明抜きに、まずはこの写真を見ていただきたい。

この建物、いったいなんだと思いますか?

場所は愛知県犬山市。犬山遊園駅のすぐ目の前にある。
走る車内からでも、どうしたって視界に飛びこんでくる超ド派手な建物。
店なのか家なのか、それすら判断できない怪しすぎる見た目である。

壁を埋め尽くす無数の言葉。

平和神、夢で再会、竜門、妖聖、感謝祭……。

わけの分からぬメルヘンな羅列にときおり挟み込まれる、初音ミク、フジテレビ、ナニコレ珍百景といった俗世の言葉。脈絡はない。
野生の本能がアラームを鳴らす。触らぬ神に祟りなし、と。

換気扇ダクトには、まつ毛を盛られた人の顔。

人面ダクトの横には宝塚のスターがずらり。

実はここ、信じられないだろうがカフェなのだ。

店名は「パブレスト百万ドル」。入り口には$1,000,000と掲げられている。

よく見れば壁にも「カフェ」や「喫茶」とあるが、それよりもやたらと主張の強い「YouTube」が目についてしまう。YouTubeがどうしたと言うのか。

勇気を出して、扉を開く。
店内は思いのほか広い。テーブル席は8つほど。赤いソファーが並ぶパブのようなお店。
壁にはスキマなくびっしり写真が貼られ耳なし芳一状態。どうやらお客さんと店内で撮った写真のようだ。

お店同様、ド派手ないでたちで登場したのが店主の大沢さん。
イラストや言葉はすべて店主がペンキで描いている。

私がはじめて入店したのは2013年。
扉を開けるなり「よく入ってこれたね!」と逆に驚かれたものだ。
メディアにたくさん取りあげられて今ではすっかり人気店だが、当時は外観が怪しすぎて誰も入ってこなかった。
2回、3回と来訪を重ねるたびにお客さんが増えていた。2019年現在、地元のおじさんおばさんがカラオケを歌う一方、日本中遠方からやって来た珍しいもの好きたちが写真を撮って楽しむ。そんなにぎやかなお店になっている。

●サービスが過剰すぎる

人気の秘訣は「異常に出てくる無限ごはん」だ。
愛知のカフェといえば、気合いの入ったモーニングサービスが有名。コーヒーを頼んだだけなのに、トーストやゆで卵が付いてくるのは当たり前。店によってはサラダやお菓子も出してくれる。はじめて愛知でお茶したら、びっくりすることうけあいのサービスだ。

そんな愛知にあって、パブレスト百万ドルはひとまわりもふたまわりも上回る常軌を逸したサービスっぷりなのだ。

これまでに訪れた際のサービスを見ていただこう。

【はじめての来店。ナポリタンを頼んだだけなのに……】

はじめて来店したときのこと。サラダ付きナポリタンスパゲティーを注文するやいなや「うれしいからサービスね」とスイカを2切れ持ってきてくれた。
「さすがは愛知の喫茶店、サービス精神がスゴイな」と感心していたら

運ばれてきたセットメニューのサラダ。
よくあるセットサラダとは別格の存在感で、メロンやパイナップルが突き刺さってるわ、三色団子が入ってるわで「サラダとは?」とその定義から揺さぶってくるレジスタンスなひと皿だった。

スイカにサラダと腹もやや膨れてきたころにようやくメインのナポリタン登場。
ガーリックが効いたガッツリ系パスタだ。
「いやあ。いろいろサービスいただいてすみません」と頭を下げたら

「これもサービスだから!」とすかさずパフェを置いてった。
なんたるサービスのわんこそば!
暴力的なまでのサービスの連打! サービスの確率変動だ!
喰らえども喰らえども、抜け出すことのない無限サービスの沼にハマってしまった。

「こんな店、見たことも聞いたこともない……」と放心状態でパフェを食べていたら「はい、サービスのコーヒーね」と、食後のコーヒーまでサービスされた。
サービスという単語を聞きすぎて、耳がゲシュタルト崩壊した。

会計を済ませたら(もちろんナポリタン代だけ! 当時780円だった)「サービスだよ」とお土産に缶コーヒーまで与えてくれた。
どうなってるんだ、このお店!

 

【2度目の来店。コーヒーしか頼んでないのに……】

「あのサービスは異常だ。さすがにあれはイレギュラーだったのかも」
そんなふうに考えつつ、数カ月後に再訪した。

すでに名古屋メシを堪能していて満腹だったので今回はコーヒーだけを注文。
ところが運ばれてきたのはサラダとワインとコーヒーだった。
「サービスだから一緒に飲もう!」と店主。
やっぱり1度目のあれは平常運行だったのか……。

動きはじめたサービスは、誰にも止められない。
お団子とチーズとサンドイッチがサービスで出てきた。
カマンベールチーズをまるごと1つ食べたことなんて、いままで一度だってない。
「腹いっぱいだからコーヒーだけ」、そんな甘い願いはパブレスト百万ドルのサービスの前では無慈悲に破られる。

お土産もパワーアップしていた。
サンドイッチにチーズかまぼこ、トリュフチョコにマカダミアチョコ。夕飯すら食べられなくなった。

【そして、ついこないだの来店。とうとうなにも頼まずとも……】

「行ったが最後。どうあがいたってサービスされる」
数度の来店で、身に染みて分かったので、朝も昼も抜き万全の態勢で来店した。
どんと来い、サービス。これだけ腹ぺこならどんなサービスだって平らげてやる!

まず運ばれてきたサービスがこちら。

驚いた。

さすがに慣れている、これくらいのサービスの量にはもう驚かない。
なにに驚いたって、まだなにも頼んでないのだ。
とうとう注文前からサービスのメニューが出てくるようになった。
ちなみに、お団子は2皿出ているが、こちら1人での来店である。

お寿司を食べながら、コーヒーを注文。
もちろんワインと一緒に出てくるし

リンゴにチョコに、おやつも次々とサービスされる。

極めつけにお土産でワイン1本持たされた。
みなさま、これがサービスの終着駅です。

当然、浮かぶ疑問は「これで商売は成り立ってるのか?」だ。

「こんなにサービスして儲けあるんですか?」の問いに「この年で儲ける必要ねえもん。続けられりゃいいんだよ」と店長さん。
一時期、お客さんから「いくらなんでもサービスしすぎだよ!」と助言され、普通のサービスに抑制していたときもあったが、「やっぱりもっとサービスしたい!」とこのサービス過剰スタイルに戻したそうだ。

●謎は解かれた!イラストや謎の言葉は店長の人生そのものだった

もう1つ疑問なのは、壁を埋め尽くすイラストと謎の言葉。
疑問が解かれたきっかけは、この赤ちゃんだ。
「この子、誰ですか?」の質問を皮切りに、店長さんの身の上話がはじまった。

▲失望の最中に描いたゆうき君。赤ちゃんからずいぶん成長している。

赤ちゃんはマスターの息子さん。名前はゆうき君。たいそう可愛がっていたが、わけあってお母さんとともにいなくなった。
あまりのショックで店主は当時経営していたレストランを休業。しばらくなにも手につかず、悲しさを紛らわすために絵を描きはじめた。

▲こちらもゆうき君。そして、真剣に眺める店主。

とにかくゆうき君を描いて描いて描きまくり、気持ちを静めた。
そのうち、描くこと自体が面白くなり、ゆうき君以外を描きはじめる。
次第にキャンバスの上では飽き足らなくなり、店の壁にまで手を伸ばした。

「もう最近は、好きなこと、昔行きつけだった店の名前、夢に出てきた言葉、なんでもかんでも描いてるんだ!」とはつらつと宣言していた。
そう、壁に描かれた謎の単語たちは、店主の人生の記録だったのだ。

話を踏まえ、じっくり眺めると、入り口の横に「ゆうき」の3文字が。

こちらにも、「ゆうき珈琲店」と描かれている。

あの話を聞いた後では「愛する苦しみ 愛される倖せ」の2行の重たさが違う。
当初は無秩序におもえた単語から、1つ1つのストーリーが立ちあがる。

いかにも意味がなさそうな「食べログ」「YouTube」にもストーリーがあった。

パブレスト百万ドルを気に入ったとあるお客さんが、店主の身の上話を撮影して、YouTubeにアップしてくれた。その記念としての「YouTube」なのだ。

店内に飾られた巨大な龍のイラスト。口元にはなぜか名刺が貼られている。
実はこの方、食べログに初レビューを書いた人。その記念に名刺を貼り、看板にも「食べログ」と描いた。

雑誌やテレビで取り上げられても描く。
私が運営する「東京別視点ガイド」でもレポート記事を書いたら、パブレスト百万ドルの一部になれた。

なかでもバラエティ番組『ナニコレ珍百景』の放送は一大事で、1カ所にとどまらずあちこちに描かれている。
「目の前に住んでるけど、怪しすぎて入れなかったの! ナニコレ珍百景を見てから、すっかり常連になったのよ」と証言するお客さんに出会ったこともある。

テレビのビッグダディがあまりに面白く、その翌日に描いたという「ビックダディ」の文字。
「この人、本当になんでも描くんだな!」と痛感できて、好きな謎言葉の1つだったが、

いつしか「全国のみなさんありがとう」と感謝の言葉に書き換えられていた。
そりゃあ店主だって、ビッグダディより感謝のほうが重要だ。

店主の過去、好きなもの、感謝の想い。
怪しげでとりとめのない建物の正体は、店主の人生そのものだった。
常に更新し、書き込みが増殖し続ける進化系珍スポット。
いま行かないで、いつ行くの!!?

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