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受け継がれる伝統の心「川尻筆」

穏やかに広がる瀬戸内海に面した川尻で筆づくりが始まったのは、江戸時代の末。「川尻筆」は高級筆として全国に名を馳せてきました。最高品質の羊毛筆の製法を確立させ、初めて国の伝統工芸士の指定を受けた父から伝統を継承し、さらに技術を革新させようと挑戦を続ける若き職人のお話をご紹介します 。

若き四代目として最高峰の羊毛筆づくりに挑戦

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筆づくりは「毛をよる」ことから始まります。筆職人には、原毛の良し悪しを見極める"目利き"の力が求められます。毛の艶や毛先の状態、全体の形状など微妙な違いを、目と手触りだけで選り分けていきます。品質を一定に保つため、この作業は、晴れた日の午前中に南に向かい、陽光にかざしながら行うそうです。
1930年創業の「文進堂 畑製筆所」の四代目・畑幸壯さんは、幼少の頃から遊び感覚でこの"目利き"の力を培ってきました。「よく何種類かの原毛を父から見せられ、『どっちがええと思う?』と選ばされていました。正解の場合は黙っているのですが、間違ったものを選ぶと、毛の色や毛先などの見分け方を教えられていました。小さいときから、選球眼ならぬ、"選毛眼"を鍛えられていたようです」と畑さん。

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京筆の系譜に連なる川尻筆は、「練り混ぜ」という独特の毛混ぜ技法が用いられます。長さの異なる5段階の毛を数十回も混ぜ合わせることにより、ねばりのある馴染みのよい筆となります。
極めて高度な技術と繊細な作業を繰り返す必要があるため、大量生産には向きませんが、それだけに完成した製品は、しなやかで、ねばりとこしを持った上質な筆となるのです。

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毛先の傷んだ毛や逆さ毛などを、1本1本丁寧に取り除いていく「さらえ」をする畑さん。ハンサシという刃のない小刀を使い、工程ごとに丹念に繰り返し行います。
一本の羊毛筆を仕上げるには、実に七十もの工程があり、習得するには最低でも十年はかかるといわれていますが、畑さんはこの難しい羊毛筆をわずか一年で完成させました。
「職人になった当初から、最も難易度の高い羊毛筆に取り組んだのは、父の考えでもありました。最初から最高レベルの技術に挑むことで、筆づくりの厳しさ、難しさを教え込もうとしたようです。」と畑さん。

革新を加え、川尻筆をさらなる高みへ

皮付きで40年近く熟成させた最高級の羊毛を使用した書道筆は、使い込むほどに毛の艶が増し書き味も良くなります。正しく手入れをして使えば40年はもつそうです。

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畑さんがいま力を入れているのが、書道家の高い要求に応える筆づくりです。毛の種類、穂の長さや太さをミリ単位で細かく指示されることもあるが、その通りに仕上げたからといって、書道家は必ずしも納得しないそう。
「筆に求めていることは何か、どのような線を書きたいのかを、見極めることが重要です。その見極めをもとに、厳選した毛を使い、持てる技術のすべてを各工程に注ぎ込み、一本一本、仕上げていきます。極めて難しい作業ですが、それだけに完成した時の喜びは格別です」と畑さん。
こうして生まれた筆を手にしたある書道家から、「筆が作品を書いてくれる」という最大限の賛辞を贈られたそうです。
伝統を継承しながら、そこにひと手間、ふた手間かけて、新しい伝統を築いていく。この先、畑さんがつくる筆は、さらに品質を極め、川尻筆の伝統をより良く革新していくことでしょう。

文進堂 畑製筆所 http://bunshindou.com/

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