東京上野の西洋美術館にて、国内史上最大級の規模で開催されている「ルーベンス展」。バロック絵画の巨匠であり「王の画家にして、画家の王」とも称されたルーベンスは、日本では『フランダースの犬』の主人公ネロが憧れた画家として広く知られています。アニメにも登場する聖母大聖堂に掲げられた壮大な宗教画から、あなたはどんな人物像をイメージしますか?偉大な芸術家にある奔放で不器用な自由人?もしくはストイックで高潔?その実像は、高い教養と驚くべき多才さを誇りながらも、家族愛に満ちた魅力あふれる人物だったのです。
ルーベンス、多才な巨匠の家族愛の物語〈前編〉
バロックの巨匠は、愛に満ちた人だった。
【出品作品】 ルーベンス作品の模写 《自画像》 1623年以降 フィレンツェ、ウフィツィ美術館
10歳の時に法律家の父を亡くしたルーベンスは、13歳の時に伯爵家の小姓となって貴族的な教養を身につけながら、絵画の才能も開花させます。そして長期イタリア滞在から戻り宮廷画家の地位を得た32歳の時に出会ったのが、最初の妻イサベラ・ブラント。「最良の伴侶」と呼んだ彼女との愛に満ちた生活は、長女を描いた《クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像》にも伺えます。わずか40cm角に満たない小さなキャンバスに、丹念かつ濃密な筆致で、5歳のクララが今もそこにいるかのような温もりと柔らかさで描かれています。父親を見つめ返す、あどけなくとも強いまなざしは、対峙しているルーベンスの愛情を映しているよう。合間のおしゃべりや笑い声が聞こえそうな、その幸せな時間に私たちも同席している気分になります。ですがクララは12歳で夭折。さらにその3年後、愛妻イサベラも逝去。ルーベンスの喪失感はどれほどだったでしょう。彼はクララの死後、彼女を思い出すように10歳の頃の姿を描きました。また愛妻のイサベラは、あの『フランダースの犬』にも出てきた《聖母被昇天》の群衆の中に赤い衣の姿で登場します。作品の中で永遠に生き続ける家族たち。ルーベンスの深い愛情が伝わる逸話です。
【出品作品】 ペーテル・パウル・ルーベンス 《クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像》 1615-16年 ファドゥーツ/ウィーン、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション
ペーテル・パウル・ルーベンス 《聖母被昇天》 1625-26年 アントウェルペン、聖母大聖堂 写真:伊東町子/アフロ
後のミューズとなったエレーヌ、そして子供たち。
左:ペーテル・パウル・ルーベンス 《毛皮のコートをまとうエレーヌ・フールマン(毛皮ちゃん)》 1636-38年頃 ウィーン美術史美術館 提供:Artothek/アフロ
右上:【出品作品】 ペーテル・パウル・ルーベンス 《眠る二人の子供》 1612-13年頃 東京、国立西洋美術館
右下:【出品作品】 ペーテル・パウル・ルーベンス 《幼児イエスと洗礼者ヨハネ》 1625-28年 ローマ、フィンナット銀行
イサベラを失った痛みが癒えた4年後、53歳のルーベンスは16歳のエレーヌ・フールマンと再婚します。彼女は5人の子供をもうけ、彼の私生活はさらに愛と安寧に満ちたものに。そのためかエレーヌの肖像画は数多く、大作の中にも彼女だと考えられる美しい女神が登場します。晩年の代表作である《毛皮のコートをまとうエレーヌ・フールマン》ではヴィーナスのモデルとして描かれ、彼はこの作品を「毛皮ちゃん」と呼んでエレーヌへ遺贈したといわれています。また、ルーベンスは亡くなった兄の子供も引き取って育てるほど家族愛が深い人物でした。実子と兄の子供たちの姿は《眠るふたりの子供》に描かれ、さらに《果物綱を運ぶ7人のプットーたち》や《幼児イエスと洗礼者聖ヨハネ》にもその面影を見ることができます。ルーベンスの心に生きている家族の姿は、宗教画や肖像画に命を吹き込むインスピレーションとなって彼の画家人生を支え続け、その愛情に応えたのかもしれません。
ここでご紹介した作品のいくつかは、開催中の「ルーベンス展」にて実際にご覧いただけます。女優の長澤まさみさんがナビゲートする音声ガイドと一緒にお楽しみください。
>>次回へ続く。
「ルーベンス展―バロックの誕生」
2018.10.16(火)〜 2019.1.20(日)
国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7の7)
・開館時間:9:30〜17:30(金曜・土曜は20:00まで。ただし11/17は17:30まで)
※入館は閉館の30分前まで
・休館日:月曜日、12/28〜1/1、1/15(ただし12/24、1/4は開館)
〔展覧会公式ウェブサイト〕http://www.tbs.co.jp/rubens2018/
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