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おじいちゃんとおばあちゃんが一番しあわせだった日 | 神楽坂で息子夫婦と一緒に喫茶店を営む平岡さんご夫婦
―お二人の一番しあわせだった日を教えてください。
伸三さん
20年前にお店を始めるまで、ここで設計事務所をしていました。だから、この街にはいたけれど、街の人との付き合いは濃いほうではなかったんです。でもお店を始めてから、お客さんはもちろん、勝手口に到来物が届くなど、自分たちの生活が街に溶け込んだことを実感できるのが毎日しあわせでしたね。神楽坂でお店をやっているから、芸者さんがお昼に来てくれることも。ある日、用事があって信号待ちをしていると、交差点の向かい側に見覚えのある芸者さんがいて、目が合ったんです。するとすれ違うとき、その方が差していた日傘でさりげなく日舞の動きをして。言葉は交わしていないけれど、この街らしい素敵な挨拶でした。お店の外でもお客さんと出会って素敵な挨拶をしてもらう。この街らしい非日常が経験できることは嬉しいね。
好美さん
こうやってお店を始めてから、20年来の友人が来てくれた日がありました。学生のときからの友人で、電話では話してはいたけれど、もう10年以上は会っていませんでした。その友人が5~6年くらい前に初めてお店に来てくれたんです。その日は週末だったから、私は忙しくてカウンター越しにコーヒーを淹れながら、3時間くらいお喋りしました。それから年に何度かお店に来てくれて、他愛もない会話をしたり、昔話をして笑ったり……。なんてことはないけれど、とてもいい時間です。そうやって少し疎遠だった友人とまた繋がることができたのは、このお店のおかげです。友人でも、お客さまでも、それが何年ぶりであっても、うちを思い出してくれて、「コーヒー飲みに来たわ」って言って、ここで時間を過ごしてくれることが何よりしあわせですね。
—ご夫婦の馴れ初めを教えてください。
伸三さん
最初に勤めた設計事務所で、男女数人で牧場へ出かけたときです。
好美さん
私の友人がその会社で働いていてね。でも、そのときはほとんど話しませんでした。
伸三さん
帰りの電車で一緒のボックス席に座って、少し話したくらいだね。
好美さん
それから、グループでご飯やお茶を飲みに出かけて、だんだん二人で会うようになって……。よくあるパターンですね(笑)。
お店を始めた当時の平岡さんご夫婦
—お店を始めたきっかけはなんですか?
伸三さん
建築やデザインの仕事をここでやっていたんだけど、電話がないと仕事が来ないからね。それで、大好きなコーヒーのお店をやりながら、仕事をやってもいいかなって思って始めたよ。
好美さん
私も喫茶店が好きだったから、反対はしませんでした。結婚する前からずっと喫茶店を始めたいって言っていましたからね。
伸三さん
始めた当時は、不安も特になかったね。自分の空間を作れるってことが、おもちゃ箱をいじっているみたいで楽しかった。
好美さん
お互いのやりたいことの一つでもあったからね。
—一日の業務の流れを教えてください。
伸三さん
掃除のために8時半にはお店に来て、クリーニングと仕込みを開店の10時までに終わらせるようにしています。
好美さん
私は午前中に家のことを済ませて、午後からお店に来ます。神楽坂は観光地なので、14時過ぎからお店が混んでくるからそれまでに来るようにしています。
伸三さん
そのあと、息子が18時に来て、お店が閉店する23時まで店番をしてくれますね。最近は隣のスペースで土日・祝日限定で息子夫婦がお店を始めたんです。ときどき、ワークショップや演劇、落語会などのイベントも開催していますよ。
—それぞれの作業分担を教えてください。
伸三さん
カウンターの真ん中で分けて分担しています。僕は基本的に主となるコーヒーと発注作業を担当していますよ。
好美さん
私が奥でケーキやトーストなどフードを作っています。
伸三さん
あとは、忙しくなってきたら、その都度お互い助け合いますね。長年夫婦でお店を営んでいると、「手伝って」なんて言わなくても助け合うのが当たり前になってくるんです。
好美さん
ほかのお店とかはマニュアルみたいなものがあると思いますけど、私たちはお互い飲食店で働いたことないからね。
伸三さん
マニュアルがないのが逆にいいのかも。
—お店のこだわり、おすすめのメニューはなんですか?
伸三さん
店内の照明は廃材を利用して、温かみのあるオレンジ色の光に。木造の机はDIYで作ったもの。そのままの形で使って味のある内装にしています。
好美さん
お店のおすすめはコーヒーとチーズケーキです。お客さんに出すまでの時間をできるだけ短くして、コーヒーは新鮮な豆で出すように心がけていますね。
伸三さん
コーヒーに合うのはチーズケーキって考えがあって、喫茶店の定番メニューにしています。昔からあるものは続いているからこそ、それなりの良さがありますからね。すべて手づくりだから仕上がりに変化があるけれど、工場みたいに一定の物がでるよりは、日によってムラがあってもいいと思うんですよね。
Aブレンド(香りと酸味)¥550、チーズケーキ¥500
—お店を営んでいて嬉しかったことはなんですか?
好美さん
いろんな人と話せるのは嬉しいですね。「お店があって本当に良かった」「コーヒーがおいしかった」とか話の中でポロッとお客さんから言われることがあるんです。それを聞くとしあわせですね。
伸三さん
喫茶店はケーキを食べたり、コーヒーを飲んだりするだけじゃなくて、ここで時間を過ごすことも含めて、お客さんの目的になりますからね。
好美さん
自然に話ができる雰囲気づくりを心がけていますし、そういう話をしたくて来てくれるお客さんがほとんどですからね。
伸三さん
あと、ここでお店を何年もやっていると、若いお母さんが子どもを連れてきて、その子どもが成長していく姿も見ていけるんです。そういった成長の姿を見守れるのは、喫茶店を営業しているからこそだと思うよ。
好美さん
お客さんとして通ってくれていた子がうちの息子と結婚して、最近孫が生まれたの。本当にかわいくてしょうがないわ。
—お客さんにはどんな人が多いですか?
伸三さん
神楽坂を観光したあとに初めてお店に来る人や常連客の人まで幅広く来てくれます。中にはお店に来るのが生活の一部になっている人もいて、「ここに来られなくなったらおしまいじゃ」なんて言ってくれるんです。
好美さん
最初は神楽坂の人ってすました人が多いと勝手に思っていたんですけど、そういったところはなくて……。みなさん本当にきさくに話してくれます。
伸三さん
彼女がお客さんと話しているときに洗い物が溜まっていて、奥に行っても話を続けるお客さんもいるんです。最初はびっくりしたけれど、お店をやっているうちにだんだんわかってきましたね。
好美さん
それだけここで話をすることを楽しみにしてくれている人がいるんですよね。
—神楽坂のいいところは?
好美さん
どこへ行くにも交通の便が良くて、スーパーやおいしい飲食店がたくさんありますね。
伸三さん
ほかにも出版社や有名大学、歴史なども豊富ですね。
好美さん
昔は花街だったから、江戸情緒の名残みたいな部分もあります。
伸三さん
そういった多様性があって変わり続ける街だけど、昔のものも大切に守り続ける屈強な街だね。
好美さん
だけど、開発が進み高層ビルがどんどん増えてきていますね。
伸三さん
人気な街だから近代化や企業の商品化が進んでいくけれど、そういったことはいずれ賞味期限みたいに限界が来ると思うからね。僕はここでお店をやりながら、この街の歴史や文化を守っていきたいね。
—夫婦としてのこれからの夢はなんですか?
伸三さん
今は定休日の木曜日しか休みがないから、いつかスタイルを変えて、ゆくゆくはゆっくりしたいね。
好美さん
今まで二人で出かけることはあまりしてこなかったから、できれば自然のあるところに一緒に行きたいですね。
変わり続けていく街だけれど、その中にもしっかりと情緒が残っている。そんな神楽坂でお店を長年営んでいるからこそ、この街の歴史や文化を守っていきたいとおっしゃっていた姿が印象的で、街との素敵な繋がりになんだかほっこりしました。
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