Relife mode

Relife man | 「僕の人生なんて、蹴られて転がる 石の様なもんだなって、思っていました。」

付き合って10年、当然過ぎる結婚という選択 気付かないところで変わっていたのかもしれない二人の価値観

Chapter.01

妻のめぐみはもともと大学の同級生。在学時代は親しいわけではなかったのですが、卒業後後輩の学園祭を見に行った時に偶然再会。いつもジーンズにスニーカーはジャックパーセルといった彼女が、ロングヘアにスカート・ハイヒール、恵比寿の西口にいそうなOLに進化していました。でもよく見ると昔と変わらない人懐っこい笑い方で。めちゃくちゃかわいいじゃん、と。学園祭の後みんなで飲みに行って意気投合。それから毎週のように遊ぶようになり、彼女の誕生日に僕から告白し、付き合うようになりました。

それから約10年。週末の夜はいつもどちらかの家で過ごし、連休にはいろんなところに旅行にいきました。めぐみが20代最後の夏に沖縄の竹富島の夜の海辺でプロポーズをしました。見たこともないほどの満天の星空で、あの時は最高でしたね・笑。10年の間にいろんなことがありましたけど、すごく彼女のことが好きだったんだと思います。

story_img1

大学を卒業後、僕は赤坂の氷川神社近くにあるイベント運営会社に入社。最初はきつかったけれどすぐに馴染んで、給料も仕事の幅とともにステップアップ。後輩たちにおごってやれるようにもなったし、年々下からの信頼も厚くなっていくのを実感していました。

人生の最高潮 表参道のレストランウェディングに見た、すべてがうまくいく、という幻覚

Chapter.02

story_img2

表参道の交差点から渋谷方面へ7分。カフェやアパレルショップが並ぶ街頭に急に開ける広い芝生の庭。白い清澄なテーブルクロスが陽光に輝くレストランウェディングでした。5月の爽やかな日差しのなかで、目に映る何もかもがまぶしく輝いて見えました、それはもうキラキラと。

僕の大好きなヤツらが大集合してくれました。二人のなれ初めVTRを撮るために内緒で沖縄まで撮影に行ってくれた大学同期の杉山。二次会の司会で「山本勇次の取説」までプレゼンしてくれた、会社の先輩の田中さん。昔の写真を丁寧に探し集めてスライドを作ってくれた幼なじみの啓太。関西から大挙して上京してくれた僕のご意見番たるおっちゃん・おばちゃんたち。大好きなメンバーが全員にこやかに笑ってくれて。心から「おめでとう!」って声をかけてくれて。人生でこんなに幸せを実感した瞬間はなかったですね。結婚って最高だな~って思いましたよ。

人生最高のゴール。だと思いました。でもスタートだったんですね。そしてそれが茨の道の始まりだったなんて、思いもしなかったんですよ。何で気付かなかったかって? 自分がまだまだ半人前だったからでしょうね。

TVの音量や洗濯物の畳み方、ささいなことで崩れていく二人の関係

Chapter.03

結婚してすぐ担当になったディーラーの集客イベントは土日がメインだったので、新婚早々二人の時間はどんどん潰れていきました。
妻への罪悪感はそこまでなかったですね。これまでずっと一緒にいたし、旦那としてお前のために一生懸命稼いでいるぞ! っていう気持ちがありましたし。働く背中が夫の男らしさでしょ、と思っていましたし。この仕事で評価を得れば、プロデューサーが見えてくる。毎日無我夢中で働きました。仕事、打ち上げ、仕事、打ち上げ、の繰り返し……。

story_img3

結婚して半年経った頃だと思います、会話が噛み合わない場面がなんとなく増えていくんですよ。それでようやく妻の様子に違和感を感じました。うまくいっていると信じきっている男は、その水面下で静かに進行している〝うまくいってないこと″に気付かないんですね。

妻のめぐみはいわゆる帰国子女で、出版社で英語の冊子を作っていました。リベラルで合理的なタイプです。当たり前なことが嫌いで理屈っぽい自分とはとても気が合いました。
でもこの頃からだんだんと、彼女が何を考えているのか分からなくなってきて……。

結婚式も最初はしなくていいよねと意思表示したのはめぐみでした。彼女は喜んでゼクシィを買ってくるようなタイプではないし、地味婚のはしりの頃だったので、それもライフスタイルと共感できました。結果的には叔父・叔母連合軍の勢力に押され、やってみればあんなに素晴らしいことはなかったけど。
新婚旅行もお互い仕事に余裕ができた時と決めたはず。なら、何が不満なんだと。
新居は三宿に借りた50㎡の1LDKの古いマンション。駅までも歩くけど、広さと静けさで決めました。

お互い定時で上がるなんてことはなかったけど、深夜に帰宅して、一緒にリビングで音楽を聴きながら、軽い晩ごはんとビールを飲むのは素敵な時間でした。
でも、それも最初だけ。理想と現実は、些細な部分で結構違うものです。これまでサバサバしていたタイプのめぐみも、同居し始めると甘えるようになりました。新婚ってそういうものかなと思いましたが、正直ちょっと馴染めずにいました。ちょっとしたことに違和感やすれ違いが出て来ちゃって。TVの音量や洗濯物の畳み方でも揉めるようになりました。気付いたら、もう会話がなくなって。たかが半年で。

story_img4

自分を変えたい、という強い決意 減給覚悟で臨んだ転職活動

Chapter.04

自分を変えなくてはいけない、と真剣に思ったのは、人生で初めてかもしれません。会話がなくなる前からお互い自分の話が多かったから、本気で妻に歩み寄ることから始めました。そして、ひそかに始めた転職活動。目的は出版社です。妻と同じフィールドに立ちたいと。しかも妻に教えを乞う立場で。

「ねえ、下版ってどういうことかな?」
「イラストレーターさんにどうやって発注するといいんだろ?」
「インタビューってさ、やっぱりテレコあった方がいい?」

story_img5

幸いに30歳は転職市場に有利で、縁あってわずか1ヶ月で小さな出版社に移ることが出来ました。イベントでも冊子は作っていたし、本は好きだったので何とかなると突っ走りました。給料は7割に下がったけど妻との会話は想定した通り増えました。

これで何とかなった、とほっと安心したのも束の間でした。

飛んでいる記憶、モノクロにしか見えない景色

Chapter.05

story_img6

それからのことは時折、記憶が飛んでいます。「もう娘は無理だと思うよ」と簡単に言ってのけた義父との、抜き差しならない話し合い。「お前の我慢が足りん」と徹底的に罵倒された実父との、のっぴきならない話し合い。会社のデスクに「探さないでください」と張り紙して旅に出ようと何度も考えました。
「もう、ダメかもしれない」と披露宴に来てくれた親友の杉山に相談すると「何だよ~ご祝儀返せよ・笑」とあえて冗談で返してきた明るい空気。あの結婚式で「おめでとう」って心から祝福してくれた親友たちの顔がハッと浮かんで夜中に目が覚める瞬間。五臓六腑で責任という言葉を初めて理解した気がします。仕事先に向かう晴れた青空を見上げて、ふと足が動かなくなる。叔父・叔母の笑顔が見える。人生でこんなに辛いと感じたことはないですよ。

story_img7

「はい、確かに受理いたしました。」

役所の味気ない戸籍課に、事務的な声が響きました。1年前に婚姻届を出しにきた時、〝少しくらいお祝いモードでもよくない?″と思ったのと同じ事務的な声です。離婚届を出した人間にはわかるんです。受理するのは人間じゃなくていい。AIでいいよって。どこかの通信会社のかわいいAIみたいに「ま~、人生いろいろありますよね~」なんて答えてくれてもいいですよ。AIなら笑えるよって。

すべてがモノクロにしか見えない区役所庁舎を出ました。
頭は、重罪の意識で破裂しそうです。新婚より仕事を優先したこと。甘える妻を甘受できなかったこと。生活習慣の違いを軽視したこと。神様という主審は全て見ていたんだなと。僕は人生というゲームに負けた敗北者。教育的指導。技あり。教育的指導。教育的指導。合わせて、一本! 敗者、山本勇次。幸せから一本取られたら、辛いに変わるんですね。

髪の毛から爪の先まで燃え尽きた、アラサー男

Chapter.06

終わりました。たった一枚の紙っぺらで、人生はバラ色にもドブ色にもなることを痛いほど知りました。髪の先から爪の先まで、燃え尽きた一年間。真っ白な灰しか残っていなかったですね。矢吹ジョーかよ、と。やれることはすべてやった、という実感だけが、自分をギリギリのところで立たせていました。何もやる気が起きなかったので、明日のジョーをなぜか全巻読みましたね、シンパシー感じて。

ちばてつやは、あのラストシーンにこんなメッセージを込めたんじゃないかと思うんです。「真っ白になるまで頑張れば、新しい明日がくる」。一つの物語は終わるけど、人生は否応なく続きます。立てぇ、立つんだジョー。丹下段平の声が、心の中で響きました。

「大丈夫。おれは、大丈夫。」

その日から、僕は“大丈夫”という言葉を毎日言い聞かせました。言霊というけれど、言葉って不思議です。どれだけ大丈夫じゃなくっても、大丈夫と言ってる限り、大丈夫なんですね。大丈夫。おれは、大丈夫。今日を表面的にでも普通に生きる力だけは、わずかながらに生まれてきました。まだ明日を夢見る力はなかったけれど、大丈夫。大丈夫、だけ考えていました。

人生でこんなに幸せと思ったことはありません。
人生でこんなに辛いと思ったこともありません。

親友の杉山がいいことを言ってくれました。「マイナスに3しか振れない人間は、プラスも3しか得られないけど、マイナスに10振れる人間は、プラスの10を得られるんだ」と。影があるから、光がある。影が深ければ、光は煌めく。大丈夫。おれは大丈夫。そうやって僕は、1年前には考えもしなかった、新しい人生を歩みはじめました。

story_img8

廃人寸前になった勇次。「大丈夫」という言葉を唱えながら見出した新しい人生。
次号は、離婚から立ち直った2年後の勇次の姿に迫ります。

記事を探す

読んで発見
すまいのヒント

読んで楽しい
くらしのコラム