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【荻窪】個性に迷ったら、荻窪へ。懐の深いあの街が教えてくれること

新宿で仕事の打合せを終えた後、自宅の駅でもないのに、まるで逃げるように荻窪駅で降りた。

その理由は、“自分と同じ匂いのする街”に慰めてほしかったから。

「下條さん、なんか惜しいんですよね……もうちょっとグッとくる文章書けませんか?」

「全然足りないよ、シモくん。もっと遠慮せずにさらけ出して『ガーン!!』とやっちゃってよ!!」

ライターでありミュージシャンでもある私は、両方の現場で上記のようなセリフをしばしば投げかけられる。

これらの言葉は、私に「個性が足りない」ということを意味している。

荻窪という街は、そんな個性に迷いがちな私の良き友なのだ。

中野サンプラザとオタクの街・中野

パンクと古着でおなじみの高円寺

ジャズが似合う大人な街・阿佐ヶ谷

独自のカルチャーを持ち、強烈な個性を放つ駅が続くこの中央線エリアで、唯一「グッとこない」もしくは「ガーンとやれてない」のが荻窪なのだ。

しかし、私は何も知らなかった。

この街の高貴な歴史も、独自の食文化も、ディープスポットの存在も、超個性的な名物店主のことも……

今回は改めて荻窪を歩きながら、個性とは何なのかを考えつつ、この街のことをご紹介します。

【荻窪の基本情報】

駅名: JR東日本 中央本線「荻窪」
乗換えできる路線:東京メトロ 丸ノ内線「荻窪」
ランドマーク:荻窪タウンセブン

吉祥寺や高円寺が自転車圏内。中央線カルチャーをいいトコ取りの“ベッドタウン”

荻窪駅はカルチャーが色濃い中野駅~吉祥寺駅間の、ほぼ中間の場所に位置しています。つまり、どの駅にも割と近いというのが大きなメリット。高円寺や吉祥寺まで自転車で15分、隣の西荻窪や阿佐ヶ谷には10分足らずで行くことができます。

また、丸ノ内線の始発駅として銀座方面にも乗換えなしでアクセス可能。さらに、駅前から出ているバスを利用すれば北は西武新宿線、南は京王線の駅も乗り換えできます。

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▲南口のバス停。多くのバスが行き交い、通勤や通学・買い物など、生活の中で利用されています。

周辺のパワフルな街で働いて遊んだ後、ゆっくりと羽を休められる荻窪は、中央線カルチャーと適度な距離感で生活できる“ベッドタウン”的な存在なのです。

生活を支えるたくさんの商業施設と魅力的な商店街

荻窪に降りると、充実したショッピング施設や商店街が迎えてくれます。

▲北口には駅直結のルミネ。トレンドのスイーツやフード・ファッション・雑貨などが揃います。

ルミネと隣接したショッピングセンター「荻窪タウンセブン」は戦後間もなく誕生した「荻窪新興商店街」を前身とする荻窪のランドマーク的な存在。1991年までは、エレベーターガールがお客さんを案内していたそうです。

▲鮮魚店の「魚耕」や伝統和菓子の「成田屋」など、荻窪で古くから愛される店が入っています。開放されている8階の屋上広場は一面の人工芝に滑り台やボルダリングコーナーなどの遊具が充実し、子どもたちから大人気!

南口には「荻窪南口仲通り商店会」と「荻窪すずらん通り商店街」があり、2つの商店街の脇道にもたくさん店が軒を連ねています。

▲荻窪南口仲通り商店会の入り口。活気が溢れ、多くの人が行き交います。

スーパーに果物・精肉店・総菜屋などなど、荻窪にいれば日々の生活に困ることはないでしょう。しかも夜には、お酒の美味しい名店の灯がともり始めます。

▲石畳の上を歩けば、割烹料理屋やバル・創作和食ダイニング・老舗のお蕎麦屋さんなど、センスの良い個人店がそこかしこに。チェーン店もありつつ、うまく共存している印象。

かつて東京の別荘地として文化人に愛された荻窪

そんな荻窪の街を歩いていると、品の良い紳士や淑女がちらほら目に入ることに気がつきます。

それもそのはず、荻窪は大正から昭和初期にかけて、東京近郊の別荘地として「西の鎌倉、東の荻窪」と称されていた高級住宅地なのだから。

当時は太宰治や与謝野晶子といった作家や、角川書店を創設した角川源義や元総理大臣の近衛文麿など、多くの文化人が荻窪に居住していました。そのときの雰囲気が今も残っており、駅から少し歩くと閑静な住宅街が広がっています。

▲住宅街の中にある「西郊ロッヂング」は当時を象徴する建物のひとつ。昭和初期に建築され文化庁の登録有形文化財に認定されました。新館と本館があり、本館は現在も旅館として営業しています。

少し歩くだけで歴史が垣間見える荻窪の街は治安も良く、落ち着いた暮らしができます。文化人たちもこの街を歩きながら「個性って何だろう」とか、考えたのかも。

▲音楽評論家の大田黒元雄氏の屋敷跡地につくられた公園「大田黒公園」。樹齢100年を経た大イチョウの並木道を通り抜けると、そこには回遊式日本庭園が。別荘地として栄えた、当時の荻窪を感じられます。

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荻窪はラーメンの聖地。戦後の屋台と変わらない味を貫く「春木屋」へ

別荘地として文化人に愛された荻窪には、食通を唸らせる名店がたくさん存在します。

そんな食の街・荻窪を語るうえで欠かせないのが「ラーメン」です。知る人ぞ知るラーメン激戦区として、老舗から新店まで多くの店が展開しています。

なかでも有名なのが、昭和24年に創業した「春木屋」。戦後屋台からスタートし、荻窪に住む文豪にも愛され、とある小説の中で行きつけの店として書かれたこともあるそう。

▲北口から徒歩2分の場所にある春木屋。私がお邪魔した日も、店の前には行列ができていました。
▲春木屋の中華そば。煮干しと数種類の野菜、豚ガラと鶏ガラを煮込んだ醤油ベースのスープと、手もみされた麺。箸が止まらず、スープまで飲み干してしまいました。

60年以上変わらない味を守る、昔ながらの超王道中華そば。クラシックなスタイルを貫き、スタンダードを極めていることは、やみくもに個性を出すことよりもはるかに難しく、尊いことのように思えました。

闇市から生まれた荻窪のディープスポット「荻窪銀座街」という異色エリア

美しい荻窪の街並みの中で異彩を放つエリアが北口にあります。

それは「荻窪銀座街」。

「荻窪北口駅前商店会」、「荻窪駅前商店会」という2つの商店街からなるこのエリアは、戦後の闇市から始まったのだそう。

▲中央線からも見える荻窪銀座街。チェーン店も出店しており、一見整然としていますが、アーケード街の奥には、何とも言ないディープな雰囲気が広がります。
▲味わい深い雰囲気を醸し出す手書きの「見取図」は。最近オープンしたお店も書き足されているようです。
▲一角にはひっそりと井戸がありました。飲料用に使われているかどうかはわかりませんが、掃除用に現役で活躍しているようです。
▲「荻窪北口駅前商店会」は緑色の屋根が印象的。「丸福」や「ふじ中華そば」などの老舗が店を構えています。
▲61年続くコーヒーの名店「邪宗門」。趣のある外観に誘われて中に入ると、2階の席に案内されます。
▲年季の入ったレトロモダンな店内では、ママの淹れるコーヒーやケーキをいただきながら読書をするのが荻窪の気分にぴったり。

まるで中央線のカルチャーを凝縮したような雰囲気を漂わせる荻窪銀座街は、この街の大きな魅力のひとつ。別荘地として栄えた荻窪とは別の顔として、今も街の活気を支えています。

荻窪の名店「鳥もと」の名物店主に聞く、「個性」とは?

そんな荻窪銀座街で、飲んべえから絶大な人気を誇るのが焼き鳥の名店「鳥もと」。

昭和26年に創業したこのお店はもともと駅前に店を構えていましたが、駅前の開発で平成21年に今の場所に移転しました。

▲鳥もとの大将、伊與田康博さん。強烈すぎるキャラクターでテレビにも出演する、街の有名人です。

(※以下、「」内は伊與田さんのセリフです)

――伊與田さんは荻窪出身ですか?

「いや、生まれは北海道です。地元で自営業をやっていたんだけど、うまくいかなくなって20代後半で東京に出てきました。鳥もとで働き始めたのは31歳のとき。僕の叔父が三代目として働いていて、それがきっかけで勤め始めました。荻窪に来てからは20年以上経ちますね」

▲お話を伺いながらいただいたのは「皮とピーマン」と「ハツ」。濃いめのタレでお酒が飲みたくなります。特に柔らかいハツは絶品。

――荻窪に住んでいる人はどんな方が多いですか?

「舌が肥えてる人が多いと思いますね。微妙なものを出したらお客さんがすぐに離れちゃうから大変だけど、美味しければしっかり通ってくれます」

――荻窪の街の魅力は何だと思いますか?

「中央線だけでなく、丸ノ内線やバスもあるから。だから他の街に出やすくて、生活には不便しませんね。それにガヤガヤしてないし、田舎で育った僕でも快適に暮らせます。北海道から出てきた僕を受け入れてくれた荻窪には本当に感謝してるんですよ。最近は街に恩返しがしたくて、商店街の掃除をしたり、移転前の鳥もとがあった駅前広場でロックフェスを企画したり、冬は駅前の街路樹にイルミネーションを飾ったり、いろいろやっています」

――荻窪って、他の中央沿線の駅に比べて「個性がない」って言われがちだと思うのですが……個性的な伊與田さんは、それについてどう思いますか?

「確かに荻窪は他の中央線の街に比べて突出した特徴はないのかもしれないけど、個性なんてなくてもいいんだよ。みんなで協力して生活して、住んでる人が幸せなら俺はそれでいいと思うよ!」

「多様性、それもまた個性」、それが荻窪の答え

荻窪は交通の便も良く、生活をするには充分な店が揃い、そして文化人を虜にしてきた美味しいものもある。さらに、中央線ならではのディープスポットも。

魅力の溢れるこの街に改めてキャッチコピーをつけてみようと思うのだが、やっぱり「パンクと古着の街、高円寺」みたいに気の利いたものがつけられない。

それはきっと個性が足りないからではなく、個性を一言で形容できない多様性がそうさせるのだろう。
多様性をひとつひとつ紐解いていくと、濃い味がそこかしこに存在している。「様々な味が共存する・受け入れる懐の深さ、それもまた魅力的な個性」なのだと、荻窪を歩いているうちに感じるようになった。ガツン!とくる強烈な何かだけが、個性ではないのだと。

荻窪はこれからも多くの人々を受け入れ、安らぎと刺激を与えてくれるに違いない。

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