いえ白書

松浦弥太郎さんに聞きました、50歳のこと。

「いえの白書」の調査によると、親から家を相続する平均年齢は50.83歳。
50歳とは、一体どのような年齢なのでしょうか。
一家を構え、時が経ち、仕事のキャリアもしっかりと積んで……。
暮らしを楽しくしてくれる人気WEBサイト『くらしのきほん』編集長の松浦弥太郎さんは、50歳で大きなターニングポイントを迎えました。編集長として9年間携わった雑誌『暮しの手帖』から離れる事を決意し、転職先として選んだのは今までのフィールドとは全く違う、ITベンチャー企業。5年、10年先を見据えた上で、築き上げた立場を捨てることを決めた松浦さん。暮らしをていねいに、生活を豊かにするプロフェッショナルは何を思っていたのでしょうか。50歳を迎えた人へ、そして、これから50歳を迎える人へのアドバイスも含め、50代の生き方、可能性についてお話を伺いました。

— 50代になって変わったことはありますか?

松浦:まず、仕事に対する意識がかなり変わりますよね。今まではクリエイティブなことも自分の思い通りにやってまだまだ時間がたっぷりあるように思えたけれど、50代はマネージメントに近いことをやりたくなる。もう少し将来を考えていくようになるんですよ。そうすると、5、10年後に自分がどうありたいかということを自然と考えはじめる。そして、年齢を現実的に考える。すると、時間に限りがあるんだなあとつくづく感じるようになりました。


— 松浦さんの場合、40代は『暮しの手帖』の編集長で、50歳でITベンチャー企業の〈クックパッド〉に転職されましたが、その時に50歳という年齢は意識されていましたか?

松浦:しましたね。『暮しの手帖』で働いていた頃に、これから50代でどのような仕事をしたいかと考えたら、「自分はまだ伸びるな」という感覚があったんです。もっと現場感のある仕事にチャレンジしたいと考えた時、環境を変えるしかないと思った。今までのキャリアとは違う業界で、未経験の新しいことを始めれば、まだ現場でクリエイティブな仕事をしていける。そこで選択したのは、ITベンチャー企業の〈クックパッド〉だったんです。


— 転職すること対して、恐怖はありましたか?

松浦:今思い返すと、とんでもないことだと思います(笑)。実際、毎日寝られないほど怖かった。でも、自分が〈クックパッド〉で、いろんな発明ができることにすごく自信があったし、新しいことを学ぶことの方が僕にとって重要でした。知らないことだらけだったから平気だったのかもしれません。無我夢中だったから。


— 〈クックパッド〉に入社して、若い世代と一緒に働くことで思うことはありますか?

松浦:すごく刺激を受けますね。自分が若い子たちについて行くのが大変なことをひしと感じたり、学ぶべきことが沢山あります。ただ、若い世代でできることとできないことがあると気づきました。唯一、自分が何をサポートできるかを考えた時、50歳まで生きてきたことの強みは“経験値”なんですよ。例えば、30歳の人に比べたら、20年多くいろんなことを経験している。その人たちが、がむしゃらに仕事をして、行き詰まったり何かが足りない感じがしたりしてもやもやするのは、やっぱり想像力の域が狭いから。そういう意味では、自分が50歳まで生きてきた中で経験をしたものが今の仕事に役立っているし、若い人たちをサポートするためにも役立つことができると実感しています。

今まではリハーサル。これから人生の高い山を登る。

— これから50代が始まりますが、楽しみですか?不安はありますか?

松浦:不安は年々大きくなります。今まで味わったことがない不安感が、いろいろなところから生まれてくる。家族や親、仕事のことで逃げられないものが押し寄せてくるから、それに対する不安はありますよ。逃げることができないから受け止めるしかない。でも、それを受け止めて、何かを成し遂げられた喜びや幸せ感はきっとあるはず。それはきっとこれから先の自分のプラスになることだし、いろいろな事と向き合うことでもある。そのためには、健康でありたいし、できれば自分から不安になる要素やトラブルを生み出さないようにしたいです。そういう気持ちはすごく強い。そう考えると、50代になる前はすごく子供でいられたから。


— 50歳以前、40代はまだ子供だったってことですか?

松浦:40代までは自分のことを「僕」と言えたけれど、60代からは大人になって「私」と言わないといけない気がする。50代はその真ん中にいて、「僕」でも「私」でもない。嫌でも受け入れなきゃいけないことと、今まで「僕」でやってきた子供の部分が入り混じるんです。自分が日々脱皮をしていくような感じ。でも体は衰えているから現実的に年齢を感じるけれど、心はまだ子供でいる。50代は目まぐるしく心身のバランスが崩れる10年間になると思います。


— その10年間を過ごす間は、どう乗り越えていきますか?

松浦:気持ちがすごく不安定になるような予感がしますね。でも、これも年を取っていく上で、自然なことなのかなって自分を慰めています。深く考えちゃうと本当辛くなるので(笑)。できるだけリラックスして日々過ごしていけるといいなと思います。あとは、自分を信じるしかない(笑)。「絶対大丈夫だ!」って思い続けるしかいないと思っています。きっと世の中の50 代もそうやって乗り越えていってるんじゃないかな?今まで谷あり山ありの人生だったけれど、50歳になった途端、一気に高い山に直面するんですよ。その高い山を一歩一歩登っていくことで、辛いこともあるけど向き合うことで得られる幸せも絶対にあると信じています。


— まさに今、その山を登っている最中ですね。

松浦:本番はこれからです。自分の本番はこれからにしようって思いますね。今まで格好つけて色々意識していた事がどうでもよくなってきた。同時に逃げられないことも沢山やってくるけど、それも自分を信じて乗り越えていこうと思う。50歳は正念場ですね。今まではリハーサルで低い山をいくつも練習してきて、高い山を登る本番がやってきた感じですね。

本当にやりたいことを見つけていく。

— 経験を踏まえて、50歳になる前にやっておいた方がいいと思うことはありますか?

松浦:50歳になるまで自分を知る手がかりを掴むには、一人旅ってすごくいいと思います。いつもと違う場所で一人になる時間はすごく贅沢な時間です。いつもと感覚が変わって、普段の生活では気付けないことに気付ける。その時に知る自分自身のことって大きいんです。だから、”自分を知る”ことは、人生の永遠のテーマだと思う。あとは読書。自分で考えるチャンスをくれるすごくいいツールだと思いますね。何かを読むことで、自分がどう思うか、どう考えるかということを確かめるきっかけになります。


— これからの目標を教えてください。

松浦:まだ誰も言語化してない、うまく言い表せないけれど「こういうこと?」みたいなことってあるじゃないですか。「そうそう!そう言ってもらいたかった!」という、しあわせを生み出す心がけや大切なことを言語化するのが、僕のライフワークだし、精一杯頑張りたいことかな。言語化されてない素敵なことって沢山ありますよね。それを自分が生きている間にどれだけ言語にできるか。言葉として難しくないけれど、新しくもあり、一つだけ抜けていたパズルのピースがスッと入るような感覚の言葉が見つかるといいなって思います。例えば「今日もていねいに」という言葉が、僕はとても自分のライフワークの中では言語化できたことの一つだと思っているんですよ。なんてことのない言葉だけれど、誰も言語化していなかったことなんじゃないかな。そういうことを自分が書いていけたらいいなって思います。


— 最後に、松浦さん自身50代はどうあるべきだと思いますか?

松浦:”勤勉”であることかな。常に自分が今、何を学ぶべきかを的確に選ぶことが大切。勤勉であると、若返るとまではいかないかもしれないけれど、おそらく、ちょっと老いが止まる。できないことを諦めずにやることで、自分を信じる事にもつながるしね。

松浦弥太郎
まつうら・やたろう/1965年、東京生まれ。文筆家。2006年から雑誌「暮しの手帖」の編集長を9年間務め、2015年春よりクックパッド株式会社に入社。同年、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在は、株式会社おいしい健康の取締役として同メディアを運営。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。ラジオ番組「かれんスタイル」(NHK第一)、「松浦弥太郎の50歳のきほん」(渋谷のラジオ)ほか、雑誌連載も多数。セレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。

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