【私が長距離通勤をする理由 Vol.2】  〜自分にとってストレスがなく、グッドバランスが保てる小諸での暮らし~

昨今は職場の近くに住む「職住近接」のライフスタイルが注目されているが、一方で、何らかの理由で長距離通勤を選んだ人もいる。高速バスや特急電車、なかには新幹線を使い、都内へ2時間近くかけて通勤する長距離通勤者たち。なぜ、そうまでしてそこに住んでいるのだろうか?単純にその街が好きということもあるだろうし、あるいは何かやむにやまれぬ事情、知られざるドラマがあるのかもしれない。

連載第1回では、神奈川県逗子市の風景に魅了され、家を購入した女性を紹介。今回は、長野県の東部に位置する小諸市で暮らし、東京都内に勤務する小山剛さんに、約2時間の長距離通勤と引き換えに手に入れた暮らしについてお話を伺った。

■のどかな田舎で暮らしたかった

北に雄大な浅間山が広がり、市の中央部には千曲川が流れる詩情豊かな小諸市。小山さんがこの地に移住したのは2013年5月、今から6年前のことだ。

東京・代官山に勤務する小山さんは6年前から毎日、新幹線を使って都内へ通勤している。通勤時間は、およそ2時間15分。なぜ、そうまでして小諸市への移住を決意したのだろうか。

▲ログハウスメーカーに勤めている小山さん

小山さん(以下省略)「元々は妻と横浜で賃貸マンションに住み、それぞれ都内で働いていました。ただ、結婚して住居の購入を考えた時に、将来のこと、子育てのことなど、住まいに何を求めるかを話し合ったんです。その結果、二人とも田舎育ちだったこともあり、ずっと住むならば都内ではなく、何となく郊外のゆったりとした、のどかな環境で暮らしたいという結論に至りました」

――なぜ、小諸市を選んだのでしょうか?

「妻が小諸市の出身だったからです。最初は私も東京まで通勤する発想はなかったんですけど、ちょうどその頃に長野県から新幹線通勤している人の情報を耳にしたんです。ただ、当時は若い世代の移住や新幹線通勤などが今ほど注目されていなかったため、インターネットで調べても参考になる情報はほとんど得られなかったんですよね」

――そこで断念してしまいそうですけど……。そこからどうしたんですか?

「まず、新幹線を使った場合の通勤ルートや費用を調べました。そのあと、現実性を探るために帰省を利用し、実際に通勤してみました。数ヶ月、シミュレーションを繰り返していくと、徐々に慣れていき、何となくいける道筋が見えてきたんですよね」

――長距離通勤の練習をしていたんですね。会社の反応はいかがでしたか?

「弊社は幸い、ログハウスや個性的な木の家を扱っている住宅メーカーのため、郊外から1時間半〜2時間かけて通勤している社員が多かったんですよ。ただ、新幹線通勤については前例がなかったんですけどね(笑)。
そのため、上司に相談すると『できるならばやってみたら?』とあっさり容認してもらえました。交通費も会社に一部負担してもらえますし、なにより地方で生活しながら、今の仕事を継続できたのは嬉しかったですね」

――長野に住むことも、会社に勤め続けることも諦めたくなかったと。

「そうですね。ただ、実現可能となった途端、『本当に大丈夫かな?』って心配もありました。それでも、長野に住みたいという想いが勝ったんですよね。調べて想像するのにも限界がありますし、無理だったらまた東京に戻ればいいかっていう考えもありましたから。まずは、住んでみようって腹を決めて。計画から1年経った2013年5月に長野県小諸市に移住し、同時に新幹線通勤を始めました」

■定期代は3カ月で40万越え!新幹線で通勤する小山さんの1日

都心の在来線であれば、電車を1本逃してもすぐに次が来る。しかし、地方の新幹線の場合はそうはいかない。朝の1本に乗り遅れることが、大きな痛手となってしまう。そんな“時間厳守”な通勤を6年間も続けている小山さん。その1日のスケジュールを見ていこう。

――通勤ルートを教えてください。

「自宅から新幹線が止まる佐久平駅までは車で行きます。だいたい15分くらいですかね。そこから新幹線で東京駅に行き、山手線に乗り換えます。恵比寿駅で降りたら、代官山の職場まで歩いて向かっています。トータルで、だいたい2時間15分くらいですね」

――毎日、往復4時間半の通勤時間。もはや小旅行ですね。

「そうですね(笑)。帰りは午後6時過ぎの新幹線に乗っても、自宅に着くのは9時前ですからね。ちなみに終電は22時8分で、自宅に着くのが24時前になります。そのため、仕事や会食で帰りが遅くなる日はゲストハウスに泊まっています。最近はリノベした変わった宿に安く泊まれる上に、インバウンドの影響もあってちょっとした海外気分が味わえるんです」

――それは楽しそう。ただ、通勤の負担によって仕事に悪影響が出ることはないのでしょうか?

「いえ、逆にメリハリがついたので仕事の効率は上がりましたよ。今思うと、横浜に住んでいた頃は会社に長くいられる分、ダラダラと仕事していたように思います。でも、長野在住となると時間も限られてくるため、より仕事に責任感が生まれましたし、より仕事をこなせる自負がつきました。それに、この生活を自ら選んでおきながら、パフォーマンスが落ちたら会社に申し訳ないですし、遠いから仕方ないって思われるのも自分の中では納得できなかったですから」

――むしろ、長距離通勤がモチベーションにつながっていると。ちなみに、長い通勤時間はどんなふうに過ごされているのでしょうか?

「朝は基本的に頭の整理です。todoリストを整理しながら、今日なにすべきか予定を組んでいます。あとは、コーヒーを飲みながら新聞を斜め読みして、新しい情報をインプットしています。帰りの新幹線ではやり残した仕事を片付けることが多いですね」

――やはり有意義な使い方をされているんですね。

「感覚的には、出勤前にカフェに入るのと変わらないです。新幹線は電源もWi-Fiも完備されているため、移動型オフィスだと思えば何ら不思議じゃないと思いますよ。むしろ、ぎゅうぎゅうの満員電車ではできないことだと思います(笑)」

――ちなみに定期代っていくらになるのでしょうか?

「3ヶ月で40万3640円ですね。よく聞かれては、引かれています(笑)。この内、会社が六割を負担してくれています。1ヶ月に換算すると、6万くらいは自己負担していることになるんですが、家賃もしくは住宅ローンだと思えば、むしろ安いと思っています。小諸には交通費を自己負担しようとも、通勤に2時間以上かかかっても、それ以上に得られるものがありますから」

■四季を肌で感じられる小諸の自然

長距離通勤と聞くと負担が大きく、どこか無理をしているのではないかという気がしてしまう。しかし、小山さんは今の生活スタイルこそ「一番ストレスのかからない暮らし方」だという。そこで、小諸市で暮らす魅力について聞いた。

――都内での暮らしとは何が違いますか?

「一番の違いは、季節をより感じられるところです。たとえば、秋から冬にかけてのこの時期。東京だと、ちょっと寒くなってきたな、くらいで景色にさほど変化はないじゃないですか?でも、小諸だったら『紅葉も色づいてきたな』とか『向こうの山は雪が降ったんだな』って、季節の移ろいを日々の出勤から感じることができるんです」

――日常のなかで四季を感じられるのはいいですね。

「あとは食べ物。大きな直売所に行くと、旬の野菜や果物が豊富に揃っているんです。知り合いの農家さんからは『リンゴが実ったから取りにおいで』とか、一玉5000円もするメロンを『形が悪いから持って行きな』と譲っていただけたりもします。当たり前ですけど、食べ物の旬が味わえるって幸せなことですよ」

――小諸の豊かな四季のなかで、小山さんが特に好きな季節はいつですか?

「私は真冬が好きです。マイナス14度、15度くらいになる2月ですね。雪は少ないものの、キーンっとした寒さがたまらないんですよ。空気が澄み、霜が降りた冬の景色は最高です。また、なんといっても冬はスキーですよ。休日に雪が降ったら、朝一番でゲレンデに行き、ふかふかの新雪で滑っています」

――長野はスキー場も多いですもんね。

「菅平高原、湯の丸高原。少し足を延ばせば、白馬、野沢温泉がありますね。正直、長野の雪質が想像以上に良かったのには驚きました(笑)。すぐにゲレンデに行けるのも、長野に移住したからこその特権ですね。これからの季節、雪山に行けるのが待ち遠しいです」

――こちらにあるのは、薪ストーブでしょうか?

「はい。一台で家全体が暖かくなりますから、冬の薪ストーブは必須アイテムです。薪は地域の方に譲っていただき、薪割りはお義父さんと私が担当しています。毎日、この薪ストーブの前で子どもと一緒に遊ぶことも欠かせない日課となっています」

――薪ストーブが身も心も温めてくれると。聞けば聞くほど、素敵な暮らしだなあ・・・。

「そうですね。四季でいえば、近所の懐古園に行くと、春には桜が咲き誇り、秋には木々が色づく紅葉を楽しむこともできます。夏も東京と違ってジメジメしていないし、外で七輪バーベキューも楽しめます。四季が感じられると、1年があっという間ですよ」

■移住で趣味の幅も広がった

スキー以外にも様々な趣味を持つ小山さん。小諸市に移住する以前から、週末ごとに八ヶ岳や奥多摩などでアウトドアを楽しんでいたという。さらに「遊び」を企画することも趣味の1つだったそうだ。

――移住する前からアウトドアが趣味だったそうですが、どんなことをしていたんですか?

「昔から山や森が好きだったので、移住前から登山やチェーンソーを使った伐採にハマっていました。あとは、何かワクワクする遊びを企画することも趣味の1つでしたね。例えば、年間を通じて合宿する『田んぼツアー』。親戚が米農家に嫁いだのがきっかけだったんですけど、田植えや稲刈りなどをイベントとして企画しました。あとは、『樹海を歩く企画』や『海や山でサーフィンやトレッキングをして過ごす会』など、同じ趣味の人を集めて遊んでいました」

――どれも面白そうです。小諸市に来てからは何か企画されましたか?

「草木染めのワークショップを行いました。正直、移住する前はもっと街が過疎化していると思っていました。しかし、出会う同世代には面白い人がたくさん残っており、それぞれ本業がありつつも、みんなで地域を盛り上げようとする活動的な方が多かったんですよ、さらに言うと、市内の『安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター』では、ロングトレイルのシンポジウムが開催されていたり、毎秋には様々なアーティストによって自然とアートが共鳴する『小諸ツリーハウスプロジェクト』が開催されるなど、アウトドア活動の発信も盛んな土地だったことに驚きました」

――小諸市も地域住民の方もアクティブだったわけですね。小山さんの趣味の幅も、さらに広がったのではないでしょうか?

「そうですね。出かける時には、欠かさずカメラを手にするようになりました。移住してからは、話題の場所を開拓したいという思いが強く、家族でいろんなところに出かけるようになりましたね」

――移住から6年経ちますが、まだまだ行きたい場所は尽きないですか?

「知っているけれど、行ったことがないお店は山ほどあります。小諸市内だけでも、地域の野菜を使ったローカルなレストランや地元の人から観光客までが集う古民家カフェなど、面白いお店が点在しているんですよ。あとは、元々東京で修業されていた方がこっちでお店を始めるケースも増えています。やはり、地方で話題になる場所って、それなりの理由があると思うんです。だから、足を運ぶことで私自身の勉強になり、刺激にもなるんです」

――当面は、お店の発掘が趣味になるかもしれませんね。

「少し車を走らせれば、草津の温泉や新潟・富山の寿司を楽しむこともできますから。よりアクティブになったと思います。都内にいる時は、どうしても行き帰りの渋滞が気になってしまい、腰が重かったですからね。余暇の過ごし方が変わるのも、移住ならではのメリットだと思います」

■これから移住する人に向けた小山さんの思い

――趣味以外に、小諸で今後やってみたいことはありますか?

「漠然とですが、いずれは『移住』をテーマにした企画を行っていきたいと思っています。私の住む小諸市のように、寒い地域での暮らしに関心はあっても、具体的な生活のイメージが湧かない人が多いと思うんです。例えば、積雪してしまった朝は雪かきをして、暖気する必要があります。昔から住んでいる人にとっては日課に過ぎませんが、慣れてない移住者には面倒な作業だと思います。そのため、1泊2日で過ごせる小諸での暮らし体験や、穴場のお店を巡るツアーなどの企画を練っています」

「また、近年は東京以外に拠点を求める人が増えている一方で、空き家や空き別荘が多くなってきています。移住だけじゃなく、週末の拠点として、そういった物件をマッチングできたら面白いかなと。だから今はあえて知らない道を通って、土地や建物の情報をストックしているんですよ。いずれは、1年間のパッケージで住める物件を用意したり、私のように移住した人のサポートができたらいいなと思います」

――住居のハードルが下がると、移住したい人も増えそうですね。

「移住と聞くと、ハードルが高そうに思いますが、このエリアはそこまでストイックじゃないんですよ。山に囲まれたのどかなロケーションながら、東京までのアクセスも良いですし、軽井沢が近いため買い物環境も整っています。もちろん、移住の良い側面だけでなく、地域のコミュニティや医療環境、学校、交通網など、リアルな生活を伝えたいです。それは、実際に住んでいるからこそできることですからね」

――では、小山さんのように都内へ長距離通勤している方も多いのでしょうか?

「多いです。最近では、SNSでそういった人たちとつながることも増えてきました。実際に面識がある人もいれば、ツイッター上でやりとりしている人もいます。この前、新幹線が水没してしまった際、当面は臨時ダイヤだけだったんですけど、みんなでツイッターでやり取りし、この便は座れないよとか、高崎まで上越新幹線でいったほうがいいよとか、有益な情報を交換していました」

――SNSでもリアルでも、しっかりとしたコミュニティが築けているんですね。

「リモートワークも増加していることから、今後は物理的な制約、つまり通勤時間がなくなってくるわけじゃないですか。となると、どういう環境で生活したいのか、自分にとって、家族にとっての理想の暮らしについてより深く考えるようになり、住まいの選択肢が広がっていくと思います。私も今、それを実践している最中です」

――長距離通勤、どういう人が向いていると思いますか?

「良い意味でいい加減な人ですかね。根詰めて考えちゃうと、どうしても物理的なところ、時間的なところでストレスを感じてしまうと思うんですよ。多分、既成概念が強い人ほどストイックになり、結果つぶれてしまうと思います。だから、ほどよく適当な人が向いていると思います。仕事においても、ノマドワーカーのようにちょっとした環境で頭が回せる柔軟性や、天候で遅れた時に臨機応変に対応出来る力が必要だと思います」

「そもそも2時間かけて通勤って意味わからないですよね(笑)。でも、自分にとってはベターな選択なんです。より自分が良い状態で過ごすためにはどうすれば良いのか。私は環境って自らが作り出すものだと思っています。だから、自分に必要以上の負荷をかけてまで現状を維持する必要はないとも思いますし、逆に気持ちにゆとりがあると、新しいことへの関心やエネルギーが向いていきます。

私にとって、その環境を作り出せる場所は都内ではなく、この場所でした。ほどよい田舎に生活のベースを置くことで、家族も私も心身のグッドバランスの状態を保てる。これが、私が長距離通勤を続けている理由ですね」

(取材協力)
小山剛
移住と通勤の日々を綴るブログ「二つを一つに」
https://www.yamapan.life/

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